中島敦とMISIA
文学と音楽の交差点での出来事を一つ。(すこし長いので、お暇な人向けです)
わたしが通うスーパーのなかに、同じCDを二週間くらい流すところがある。同じCDといっても一人のアーティストのものではなく、売り出し中の曲をいくつか寄せ集めたもので、流行りの音楽に疎いわたしにはすこし嬉しい。が、たいてい同じ時間に行くせいか、同じ曲ばかり耳にしている気がするのだ。或る日、買い物の途中で「またこの曲か」とうんざりしたが、あまり深入りはしないで済ませた。しかし、しばらくしてその曲が流れなくなると、まだ買い忘れがあると自分に言い聞かせて、スーパーをぐるぐる回りはじめる。スーパーを回っても仕方ないので、流行りの音楽に詳しい人に訊くと、「たぶんMISIAの曲だね、たしかドラマの主題歌だと思うよ」と教えてくれた。
家に帰って調べてみたら、『僕はペガサス 君はポラリス』という不思議な名前の曲だと分かって、早速すこし聞いてみると、あの懐かしさが蘇ってきた。そう、東南アジアで星を見上げたあの記憶、もっとも、東南アジアに行ったことはないけれど。ここまでは長い枕で、ここからが本番ですよ。
実をいうと、この曲から或る小説を連想していたのだ。それが中島敦の『光と風と夢』。曲の雰囲気のせいではない、曲の雰囲気は宮沢賢治っぽいと思う。そうではなくて、歌詞のなかの「光」と「風」が脳裡に焼きつき、勝手に「夢」を加えてしまうらしい。
中島敦は、『山月記』の人と思われているが、この『光と風と夢』こそ名作だと思う。戦前に書かれた小説のなかで、この小説ほど文学の源流に近いもの、要するに、文学という大河の上流に位置するものは珍しい。事実、辻原登さんの傑作短編『枯葉の中の青い炎』はこの水脈から生まれている。(この小説、とってもおもしろいです)
作品から作品へのバトンの受け渡し、この繋がりに気づいたとき、わたしたちは伝統とも繋がることができる。そこでは、文学やら音楽やらという区別は存在しないだろう。