幸福なもの忘れ
休憩時間くらいひとりで休みたいと思っていたら、数台ある自販機のほうから落下物の音、おそらくつめた~い缶コーヒー片手に携え、いやしくもぼくの隣に先輩が座り込んできた。ちなみに、ぼくは自販機を利用することはない。うすいお茶入りの水筒を持参している。
向こうから話しかけてきた。
「○○くん(ぼく)、ちょっとおもしろい話があるんだよ、つきあってよ」
「本当ですか? いや~、今日は泣くためのハンカチの持ち合わせはありませんよ」
「いやいや、そこまではおもしろくないかもしれない。でも、ちょっと聞いていってよ」
と、缶のプルタブに指をかけながら語りはじめた。
その先輩の供述によると、彼の奥さんは記憶力がよく、そのうえ好奇心旺盛らしい。身のまわりの不思議なことに頭を悩ませているという。たとえば、車のヘッドライト。右ハンドルの運転席まで前方から回りこむと、助手席の側のライトのほうが、運転席側のライトよりも疑いなくあたらしく見える。これはどうもおかしい。どちらか一方がはやく劣化するなんてあるのかしら、と気になりはじめたという。ある日射しのつよい日に、運転席側のライトのほうが、心なしか日照りがひどいのを目撃して、もしかしてこれが原因かしらと思案した。しかし、まさかとすぐに考えを引っ込めたという。
月日が風のように流れて行き、いよいよ知りたい衝動が抑えられなくなって、彼女は、主人であるその先輩にたずねた。
「車のヘッドライトがおかしいの。片方だけが古くなってるみたい。どうして?」
と奥さんから打ち明けられたとき、その先輩はひどく動揺したという。
「あの~、真実を言っても落ち込まない?」
「落ち込む? ええ大丈夫。で、原因は?」
「二、三年まえに、君はかるい交通事故をやったね。そのときに助手席のライトを交換したはずだよ」
その言葉を耳にすると、かつて少女のころに隠した赤らいだ頬をしたと漏らし、その先輩は残りの缶コーヒーをぐっと飲み干した。
供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
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