名探偵ストンとわたしの共同事務所

調子はずれで個人的な雑談を繰り広げます。正直いって、ぼくは頭がオカシイです。テーマは、読書や映画、アニメ、日々の出来事、つまらない小ネタが中心でくだらない(笑)。寛容の心で読み流していただけたら幸いです。    <注>コメントや質問は大歓迎ですが、念のため承認制にしてあります。

花見の頃合いに読んだ寅彦の随筆

 このごろ、仕事場から帰るとき、遠回りをして川べりの道を通る。この道は公園の一部であり、ささやかな夜桜を見ることができる。花びらが道に広がってきたものの、まだ周りを見渡せる風情はあって、薄ぼんやりと光る電灯の演出が憎い。しかし、本当に憎たらしいのは、そこで飲み会をしている医学生で、昨日は日本の美を味わう雰囲気を台無しにされた。と同時に、自分の老いも思い知らされた。
 

 今日は寺田寅彦の随筆集。ゆたかな情緒と寛容の精神を育むには、高雅な品性を備えた人の随筆を読むのがよい。冴えわたる冷たい知性よりは、情緒や品性、許容の心の方が大事だと私は思う。かつてE・M・フォースターは、パブリックスクールからオックスフォードやケンブリッジに進むエリートのことを、「十分発達した身体と、かなり発達した頭と、ぜんぜん発達していない心の持ち主」と嘲った。これは単なるエリート批判ではなく、河合隼雄の言葉を借りれば、「大人になることのむずかしさ」を端的に表した言葉で、記憶にとどめるに値すると思う。
 

 ではこの随筆集の概観へと移りたいところだが、何しろ私は不勉強でこの巻しか読んでいない。全部で五巻あるらしく、この巻のテーマは自然らしい。「花物語」や、「芝刈り」、「球根」、「田園雑感」などの見出しからも察せられる。が、「科学者と芸術家」や「物理学と感覚」といった寅彦ならではの話もあって、すこぶる充実した内容といえるだろう。
 

 私のお気に入りは「どんぐり」。妻が急に咳をして喀血するところから始まり、おぼろげに思い出される病床の記録が綴られる。肺結核を患う夏子夫人は、久しぶりの外出が嬉しかったのか、ハンカチいっぱいのどんぐりを拾ったあげく、寅彦のハンカチまでどんぐりでいっぱいにした。いま、目の前で夢中にどんぐりを拾う息子と、亡き妻の同じ姿を重ねあわせる名作である。

 

 

寺田寅彦随筆集 (第1巻) (岩波文庫)

寺田寅彦随筆集 (第1巻) (岩波文庫)